2026年6月4日、Microsoftは、自社におけるAI投資の効果をどのように測定しているかを紹介する記事を公開しました。
そこで示されているのが、AIの価値を「売上」「生産性・効率」「コスト削減」「品質」「セキュリティ・リスク」「従業員・顧客体験」という複数の領域に分けて評価する考え方です。
Microsoftの社内ITを担うMicrosoft Digitalは、AIの価値は施策によって異なるため、一つの指標ですべてを評価するのではなく、共通の枠組みを使いながら、施策ごとに適切な指標を選ぶ必要があると説明しています。
特に「Productivity and efficiency(生産性・効率)」と「Cost savings(コスト削減)」が別々に置かれている点が興味深いところです。
今回はMicrosoftが公開したAI投資の測定方法を確認しながら、なぜAIの価値を複数の軸に分けて考えているのか、そして日本企業で効果を測る場合にどのような指標へ置き換えられるのかを考えます。
MicrosoftはAIの価値を6つに分けている
Microsoft Digitalは2025年4月に「Microsoft Digital AI Value Framework」を公開し、AIの効果を6つの領域に分類しました。2026年6月の資料でも、この6領域を使った評価方法が示されています。
- Revenue impact(売上への影響)
売上増加、顧客獲得、顧客ターゲティング、商談速度など
- Productivity and efficiency(生産性・効率)
作業時間、処理量、プロセス改善、自動化など
- Security and risk management(セキュリティ・リスク管理)
脆弱性の検知・防止、セキュリティ事故、リスク、AI利用上のコンプライアンスなど
- Employee and customer experience(従業員・顧客体験)
満足度、エンゲージメント、製品・サービス体験など
- Quality improvement(品質向上)
成果物の品質、精度、出力への信頼、業務プロセスの品質など
- Cost savings(コスト削減)
運用コスト削減、資源配分の改善、将来発生する費用の回避など
すべてのAI施策について6項目すべてを測るわけではありません。
例えば、問い合わせ対応を自動化するAIなら、生産性や従業員体験、将来のコスト回避が中心になる可能性があります。一方、セキュリティ分野のAIであれば、リスク低減や脆弱性への対応能力などが重要になります。
Microsoftは、導入前に「どの価値を生み出したいのか」を決め、現在の業務時間や必要な人員、業務フローなどを基準値として把握します。そして導入後の結果と比較し、継続して見直します。
つまり、「AIを何人が使っているか」ではなく、「AIによって仕事や事業の何が変わったのか」を見ようとしているわけです。
「時間が減った」と「コストが減った」は別の成果
この6領域の中で特に興味深いのが、「生産性・効率」と「コスト削減」が明確に分けられていることです。
MicrosoftはProductivity and efficiency(生産性・効率)について、作業の処理量増加、プロセスの最適化、自動化などを挙げています。
一方、Cost savings(コスト削減)は、運用コストの減少、資源配分の改善、将来発生する費用の回避などを対象としています。
実際の社内事例にも違いが表れています。
MicrosoftのGlobal and Technical Supportでは、AIを利用することで社員がどれだけ時間を節約できたかを「生産性・効率」として測定しています。
これに対し、施設のエネルギー効率を改善するAIでは、電力使用量の減少によって生じた「直接的なコスト削減」を測っています。またネットワーク関連のAI施策では、時間削減、コスト削減、セキュリティ・リスク管理をそれぞれ別の項目として追っています。
この違いは、AI投資の効果を考える上で重要です。
例えば、月給制の社員がAIによって年間100時間の作業を短縮したとします。生産性が向上したことは確かですが、社員数や給与、残業時間などが変わらなければ、それだけで100時間分の人件費が会社から消えるわけではありません。
一方、AI導入によって残業が減れば残業代の削減につながります。外注していた仕事を社内で処理できれば外注費が減ります。人手不足の会社なら、本来必要だった増員を避けられる場合もあるでしょう。
いずれもAIによる効果ですが、「時間が生まれた」という生産性上の価値と、「実際の支出が減った」という財務上の価値は分けて考える必要があります。
Microsoft自身が注意する「時間削減の罠」
一方でMicrosoftは、AIによって生まれた時間を金額に置き換える指標も用意しています。
その一つが「Agent Assisted Hours(エージェント支援時間)」です。
これは、AIエージェントによって人間側に戻されたと推計される生産時間を表す指標です。実際の計算では、AIによる知識の参照回数やセッションの結果などから時間を推計します。
さらに、その時間を金額に換算したものが「Agent Assisted Value(エージェント支援価値)」です。
計算の考え方は、
Agent Assisted Value = Agent Assisted Hours × 時間単価
となります。
つまり、AIエージェントによって生まれたと推計される時間に、その時間の価値を掛けて金額へ置き換える指標です。
例えば、AIによって100時間分の時間が生まれ、1時間あたりの価値を5,000円と設定した場合、Agent Assisted Valueは50万円となります。
Microsoftの標準設定では、時間単価として米国労働統計局の雇用コストデータを基に1時間72ドルを使用していますが、企業ごとに自社の人件費などへ変更できます。
一方で、Microsoftは同じ測定ガイダンスの中で「The time-savings trap(時間削減の罠)」という注意点も挙げています。
理論上の時間削減だけで価値を主張するのではなく、AIが利用された結果、業務上の指標がどう変わり、それが最終的な事業成果へどうつながったのかまで証拠をつなげる必要がある、と説明しています。
Microsoft自身の事例にも、この考え方が表れています。
Global Supportでは、解決済みの問い合わせについて利用者から返答がない場合、担当者が最大3回の確認メールを送っていました。
対象は月約5,000件で、最大1万5,000通のメールが発生します。1通あたり約3分とすると、月およそ750時間がこの作業に使われている計算になります。Microsoftは、このような繰り返し業務をAIで自動化できる可能性を検討しています。
しかし、Microsoftが次に問うのは、その750時間を削減できるかどうかだけではありません。
「時間や費用を節約した。その後どうしたのか。実際の事業成果はどこにあるのか」という点まで確認しようとしています。回収した時間を、より複雑な問い合わせ、滞留業務の解消、サービスの迅速化などへ再配分して初めて、その先の価値が見えてきます。
AI投資を一つのROIにまとめる難しさ
経営者の立場からすれば、「AIに1億円投資して、結局いくら返ってきたのか」と一つの数字で把握したくなるのは自然です。
しかしMicrosoftの6領域には、売上やコストのように比較的金額へ換算しやすいものだけでなく、品質、従業員体験、顧客体験、リスク低減なども含まれています。
Microsoft自身も、すべての測定領域が本質的に財務指標ではないと説明しています。
2026年の資料では、ROIについても慎重な姿勢を示しています。経営陣からROIを求められることは認識しているものの、正しいコストモデルや測定データが整う前に、ROIを評価の中心に置くことは避けたいとしています。
これは「ROIを測る必要がない」という意味ではありません。
まず時間削減、コスト削減、品質向上、売上増加、リスク低減などを分けて測り、その中で合理的に金額換算できるものを財務価値として評価する。
この順序で考えた方が、最終的なROIの根拠も説明しやすくなります。
日本企業なら何を測ればよいのか
Microsoftの6領域は、日本企業がAI投資の効果を測る場合にも参考になります。
例えば、次のように自社で取得できる指標へ置き換えられます。
| 価値領域 | 日本企業で考えられる指標 | |---|---| | 売上への影響 | 売上、粗利、商談数、成約率、顧客単価 | | 生産性・効率 | 作業時間、処理件数、リードタイム、処理量 | | コスト削減 | 残業代、外注費、システム費、将来必要だった費用の回避 | | 品質向上 | ミス率、手戻り件数、不良率、再処理時間 | | セキュリティ・リスク管理 | インシデント数、検知時間、対応時間、監査指摘 | | 従業員・顧客体験 | 顧客満足度、問い合わせ待ち時間、社員満足度 |
例えば請求書処理が1件10分から5分になれば、まず「処理時間が50%短縮した」という生産性上の成果があります。
その結果として残業代が年間300万円減ったのであれば、今度はコスト削減です。
さらに、空いた時間を別の業務へ振り向けたことで営業活動が増え、粗利が500万円増えたことまで確認できれば、売上・利益への効果として評価できます。
「何時間減ったか」で終わらず、「その結果、何が変わったのか」まで追うことで、AI投資の効果をより具体的に捉えられます。
Microsoftの数字をそのまま信じればよいわけではない
今回紹介した資料はMicrosoft自身が公開したものです。
MicrosoftはMicrosoft 365 CopilotやCopilot Studioなどを提供するAIベンダーでもあります。そのため、Microsoft社内の事例や同社が示す効果を、そのまま「AIを導入すれば同じ成果が得られる」という証拠として扱うべきではありません。
Microsoft自身も2026年の資料で、AI価値の測定について「まだ完全な答えを持っているわけではない」と説明しています。実際に計測できている項目もあれば、仮説に基づくものや、さらに測定データを整備する必要があるものもあります。
参考になるのは、AI投資の価値を複数の領域に分け、導入前の状態と比較し、結果を継続的に確認し、その後の投資判断につなげるという測定方法です。
Microsoftは2026年の資料の最後で、AIによって生まれた時間、費用、能力を意図的に再投資し、「効率化」を最終地点にしないことを勧めています。
AIで仕事が速くなった。
その結果、会社では何が変わったのか。
AI投資の効果を測る際には、この二つを分けて考える必要があります。
主な参照資料
- Microsoft Digital「Measuring the impact of our AI investments in IT at Microsoft」(2026年6月4日)
https://www.microsoft.com/insidetrack/blog/measuring-the-impact-of-our-ai-investments-in-it-at-microsoft/
- Microsoft Digital「Measuring the impact of Microsoft 365 Copilot and AI at Microsoft」(2025年4月24日)
https://www.microsoft.com/insidetrack/blog/measuring-the-impact-of-microsoft-365-copilot-and-ai-at-microsoft/
- Microsoft Learn「Measure the impact of your agents」
https://learn.microsoft.com/en-us/microsoft-copilot-studio/guidance/agent-business-value-measure-impact
- Microsoft Learn「Agent metrics reference」
https://learn.microsoft.com/en-us/microsoft-copilot-studio/guidance/agent-business-value-metrics-reference